日本の初代天皇・神武天皇を祭神とし、神武天皇の孫にあたる健磐龍命がその縁に
ちなんで創祀したと伝わります。
神武天皇の両親である、父・鵜ガヤ葺不合尊、母・玉依姫命も一緒に祀られている
ことから、家内安全や夫婦和合、安産・子宝のご利益、また神武天皇が東征された
ことにちなんで、必勝祈願や合格祈願に訪れる参拝者も後を絶ちません。また多く
の祭事も行われていて、「神武さま」の愛称で知らされる宮崎神宮大祭は、古代を
彷彿させる荘厳な御神幸行列が見どころ、その他、五穀豊穣を祈る新嘗祭や迫力の
流鏑馬など、年間を通して古代を感じられる催しが行われています。
現在の社殿は、日向の名材狭野杉を用いた白木の銅板葺き神明流造りで、神武天皇
御降誕大祭会により建て替えられました。会の幹事長は宮崎の偉人、高木兼寛氏が
務められ、伊藤忠太氏が設計、佐々木岩次郎氏が造営を監督し、明治40年に完成
しました。なお、平成22年には国登録有形文化財に指定されています。現在、
10月に執り行われる御神幸祭(神武さま)には、高木兼寛顕彰会の役員、理事も
参列し顕彰活動を行っています。
たかぎかねひろ ※ 高木兼寛 : 脚気の予防法を確立など日本の医学界に多大な貢献をした人 又、東京慈恵会医科大学(設立時成医会講習所)の設立や日本で 初めての看護学校を創設しました。更に宮崎神宮の大造営等の 数々の偉業に貢献した人で宮崎市高岡町出身の偉人として尊敬 されています。 「病気を診ずして病人を診よ」の言葉も有名な一言と伝えられています。
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